大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和50年(ラ)108号 決定

抗告人

甲田花子

(仮名)

右法定代理人親権者父

A

右代理人

鈴木明

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の要旨は別紙記載のとおりである。

よつて検討するに、まず記録によると、原審判理由(1)ないし(7)の事実を認めることができるので、これをここに引用する(ただし、(4)項中二行目の「同年八月五日」を「昭和四九年八月五日」に改める。)。

その他記録によれば、次のような事実が認められる。即ち、抗告人の父(法定代理人)Aは昭和三三年頃から、清水市内の職場で知り合つた甲田君子(仮名)とひそかに情交関係をもつようになつたところ、昭和四三年頃妻B子がこれを知り、Aに対し右の関係を絶つように申し入れたが、Aは「暫らくの間何をしても黙つていてくれ。」と言うだけで反省せず、B子が堪えきれなくなつて二か月後再びそれを口に出すと、Aはそれを口実に「お前が約束を破つたから君子とはもう別れない。」と開き直つて公然君子と情交関係を続けるようになつた。そして遂に昭和四四年七月妻B子と長女C子(昭和三〇年九月一一日生)、二女D子(昭和三五年一〇月二一日生)の二子(嫡出子)を棄てて横浜市内で君子と同棲生活を始めて今日に至り、その間抗告人が出生したものである。尤もAは妻B子に対し、横浜に出奔するに当り、金七〇万円を渡し、以来B子に月々金二万円を送金し、かつ、年額金一二万円の軍人恩給を取得させているけれども、妻と長女・二女の生活費としては極めて不充分であり、結局妻B子が保険の外交などの仕事をしながら二子の養育のため苦悩の生活を続けて来たのである。そして、妻B子が本件氏の変更申立に対して反対の意見を述べるのは、前記のような身勝手で理不尽な夫Aや家庭を破滅に導いた相手の女性君子に対する反感もさることながら、いまだ未成年で就学中の前記長女C子(一九才、保育専門学院在学中)、二女D子(一四才、中学二年生)の将来の就職に不利益が及ばぬよう、せめて二女D子が高等学校を卒業するまで五年間待つてほしいというものであつて、このような母親の心情を察してか、長女C子は本件の氏の変更に絶対反対であるとの意向を示している。

ところで、子の氏の変更を許可するにあたつては、まづその子の福祉・利益を考慮すべきことは所論のとおりであるけれども、許可の審判により戸籍を同じくするに至る妻や嫡出子等利害関係者の意見・生活関係等も無視することはできず、それら一切の事情をも対比し、総合勘案して相当と認められるときに、許可の審判をすべきものである。

しかして、本件申立の動機は、抗告人が保育園に在学中であつて、父の氏「A」を称したり、母の氏「甲田」を称したりすることが養護上、また将来の教育上好ましくないので、親権者である父の氏を称させるべく変更したいというのであり、これが子の福祉・利益に合致することは否定しえないけれども、抗告人の場合いまだ未就学の保育園児であつて、その年令、環境にかんがみその氏を変更しなければ社会生活上直ちに不利益をうけるわけではなく、また、父の氏に変えれば、実際に養育、監護をしている母の氏とは当然異なる結果になるのであるから、父の氏を称するのが子の福祉のため最上であるとは言い切れないものがあると言わなければならない。この点は、所論指摘のように、父が子の親権者に指定されていること、子とその父母の事実上の家庭生活がある程度定着化し、永続した事実があつても、同様である。

これに対し、妻B子が反対する理由は、前述したところから明らかなように、抗告人の父Aが理由もなく家庭を棄て、父親としての責任を果さないのにB子の家庭を破壊する重大な原因となつた君子の生んだ申立人を入籍させられるのでは、妻(B子)が余りにも惨めであるという感情論と、長年精神的にも物質的にも苦労した末、漸く母子三人だけの家庭で、それなりに平和に暮らすようになつたのに、抗告人の氏の変更の問題で又もや波瀾を生じ、これが高等学校等を卒業し、近い将来就職して社会に巣立とうとしている子女の情操・幸福に悪影響を及ぼすことを憂えてのことである。

もとよりAや抗告人の母君子に対するB子の反感を何ら責めのない抗告人に及ぼすことは、できる限り避けるべきであるけれども、前認定のような事情の下においては、妻B子の夫や君子に対する反感は無理からぬものがあると言わねばならない。そして認知の届出が戸籍上父の事項欄に記入されたため、婚外子の氏の変更の許否いかんに拘らず、夫に婚外子のあることは、戸籍上これを知ることが容易であるけれども、妻として婚外子、特に家庭破壊の重大な原因となつた女性や放恣な夫の婚外子と籍を同じくすることに反対する態度は、戸籍制度が改正されて久しい今日なお国民の間に根強いものがあり、これを感情論としてむげに排斥することは、国民感情の上からみて妥当でないし、又それが「家」の制度の回復につながると考えることは思い過ごしと言うほかはない。

次に長女二女に対する関係をみるに、抗告人が嫡出の二子と同じ氏を称し、かつ、同じ戸籍に並記されることによつて受けるその精神的苦痛、更に現今の社会事情において就職時に不利益を受けることもありうること、殊に二子が最も傷つきやすい年代の女子であることに想いを致せば、せめて五年間だけは待つてほしいという妻B子の願望、絶対反対を言う長女C子の意見は、抗告人側の前記事情に対比して充分考量するに価するものであり、これ又単なる感情論ないし古き家族制度にとらわれた不合理な因襲として一概に排斥することはできない。

所論は、抗告人とC子、D子の二子が面識していて仲も悪くないと主張するけれども、そのことから本件改氏に関する二子の心情が宥和されていると認めることはできず、他に前叙のB子ら利害関係者側の事情に優つて右改氏を相当と認めさせるに足りる特段の事情は認めがたい。

以上の事実を総合すると抗告人の氏の変更の申立はいまだ許可するに相当でなく、これを却下した原審判は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(室伏壮一郎 小木曾競 深田源次)

(別紙)即時抗告の申立《省略》

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例